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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)52号 判決 1984年9月27日

原告 佐多正規

被告 労働保険審査会 ほか一名

代理人 高須要子 後藤博司 堀千紘 ほか四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(昭和五八年(行ウ)第一〇二号事件)

1  被告労働保険審査会が昭和五六年労第二三八号事件について昭和五八年二月七日付けでした裁決が無効であることを確認する。

2  (予備的に)同裁決を取り消す。

3  訴訟費用は同被告の負担とする。

(昭和五九年(行ウ)第五二号事件)

被告王子労働基準監督署長が原告に対し昭和五六年七月二四日付けでした休業、障害補償給付不支給決定処分を取り消す。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四八年一月八日、凸版城北印刷株式会社において業務上負傷し、労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)に基づき被告王子労働基準監督署長(以下「被告労基署長」という。)から休業補償給付及び障害補償給付の支給決定を受けた。原告は、受傷当時、他に近代製本株式会社とも雇用関係にあつて別個に賃金の支払を受けていたが、右決定は、凸版城北印刷から支払われた賃金にのみ基づいて平均賃金を算定し、これを給付基礎日額としていた。

2  原告は、近代製本から支払われた賃金をも含めた賃金総額を基礎として平均賃金を算定すべきであり各補償給付には一部未支給分があるとして、昭和四九年一二月一〇日付けで、被告労基署長に対し、その給付請求(以下「本件給付請求」という。)をした。

3  被告労基署長はこれに対し何らの処分をしなかつたので、原告は、この不作為の違法確認を求める訴えを東京地方裁判所に提起したところ(昭和五四年(行ウ)第二号)、同裁判所は、昭和五六年七月七日、原告の請求を認める判決をし、これが確定した(以下「確定判決」という。)。

4  被告労基署長は、その後、昭和五六年七月二四日付けで本件給付請求に対する処分(以下「本件処分」という。)をしたが、それは、不支給と決定するというものであつた。原告は、これを不服とし、東京労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたところ、昭和五六年一〇月一四日付けでこれが棄却された。原告は、更に、被告労働保険審査会に対して再審査請求をしたが(昭和五六年労第二三八号)、昭和五八年二月七日付けの裁決(以下「本件裁決」という。)によつてこれも棄却された。

5  本件裁決には次の違法があり、無効であるか、少なくとも取り消されるべきである。

(一) 本件裁決は、二重雇用関係にある者の平均賃金額の算定方法につき従前の裁決例(昭和三五年労第三五号)を引用しているが、労災法の昭和四八年法律八五号による改正により、新法はもはや事業主責任を保険するものとは解釈し得なくなり、右裁決例は立法趣旨を異にする廃法についてのものとなつたので、これを引用して原告の請求を排斥したことは信義則違反に当たり、重大かつ明白な瑕疵がある。

(二) 本件裁決は本件処分を有効と認めるものであるが、本件処分には後記6の違法があるから、この違法を助長するものとして公序良俗に違反し、本件処分を正当と主張することは権利の濫用であり、公共の福祉に反する。

6  本件処分には次の違法があり、取り消されるべきである。

(一) 労災法は、その沿革にかかわらず、通勤途上の災害や第三者による加害についても保険している現在においては、事業主の責任の保険は第二義的なものとしており、第一義的には労働者の受給権を保険している。したがつて、近代製本から支払われた賃金をも合算して平均賃金(給付基礎日額)算定の基礎とすべきである。

(二) 確定判決は、被告労基署長には本件給付請求に対する給付義務があることを確認している。したがつて、本件処分は、その既判力に牴触する。

7  よつて、原告は、本件裁決の無効確認(予備的にその取消し)及び本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5及び6は争う。

第三証拠関係 <略>

理由

一  請求原因1ないし4の事実については、当事者間に争いがない。

二  労災法による災害補償保険制度は、業務災害に関しては、使用者が無過失で負うべき災害補償責任(労働基準法八章)を保険する趣旨のものと解すべきであるから、その保険給付に当たつては、労災法八条一項の給付基礎日額は、災害補償責任を負うべき使用者が被災労働者に対して支払つた賃金を基礎として算定した平均賃金によることとなる。

原告が指摘する通勤途上の災害については、従来の業務災害補償制度の下では、一般にこれを業務災害に当たるとして補償の対象とすることは問題があり、被災労働者の救済に不十分であつたことから、法改正により、それとは別途の制度として、通勤災害としてとらえて保護(補償ではない。)を行うこととしたものであり、また、第三者行為災害の場合も、それが業務災害(又は通勤災害)に該当する限りにおいて保険給付が行われることに変わりはない。したがつて、原告指摘の点によつても、前記の業務災害に関する災害補償保険制度の趣旨に変更があつたものと解することはできない。

本件では、原告は凸版城北印刷において就労中に業務上負傷したのであるから、災害補償責任を負うべきは同社であり、近代製本はこれとは関係しない。そうすると、原告に対する休業補償給付及び障害補償給付は、凸版城北印刷から支払われた賃金を基礎として平均賃金を算定し、これを給付基礎日額として支給すべきところ、被告労基署長は既にその支給決定をしているのであるから、本件給付請求は理由がなく、これに対して不支給と決定した本件処分は適法である。

原告は、また、本件処分は確定判決の既判力に牴触すると主張するが、<証拠略>によれば、確定判決は、被告労基署長は本件給付請求に対して何らかの処分をすべき法律上の義務を負つていることを認めたものにすぎず、同被告に本件給付請求に応じた給付義務があることを認めたものでないことは明らかであるから、右主張は失当である。

三  本件裁決について、原告は従前の裁決例の引用の瑕疵や、本件処分を正当としたことの違法を主張するが、これはいずれも裁決固有の違法事由に当たらないから、主張自体失当である(なお、業務災害に関して労災法の趣旨に変更がないことは、前記のとおりである。また、本件処分が適法であることは前記のとおりであるから、これを正当とした本件裁決には何ら公序良俗違反等はなく、適法である。)。

四  そのほか、原告の本訴請求を理由あらしめるような主張は窺うことができないので、原告の本訴請求はいずれも理由がないものとして棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 片山良廣)

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